現 代 ス ペ イ ン 文 学 現代スペイン文学ー２０世紀…第二の黄金世紀 １．第一世代ー９８年世代とモダニズムの活躍 （１）９８年世代…ガニベー、ウナムノ、アソリン、バロハ、マチャド （２）文学研究ー９８年世代の傍ら…ピダル、ベナベンテ派 （３）モダニズム（近代主義）…ダリオ、ルエダ、バリュ＝インクラン ２．第二世代ー小説の隆盛、第一次大戦直前に登場 （１）哲学思想…オルテガ、ドルス、マラニョン （２）小説…アヤラ、ミロ、セルナ ３．第三世代ー詩人の隆盛 （１）新しい詩をめざす詩人たち…ヒメネス、ウルトライズム （２）第三世代の詩人たちー＜１９２７年代＞の詩人たち…＜９８年代の孫たち＞ ロルカ、アルベルティ、サリナス、ギリエン、アロンソ、アレイクサンドル （３）第三世代の小説ー各々孤立的、及び同世代の哲学思想…スビリ ４．市民戦争後の文学ー四つの段階に区分される （１）詩の世界 １）１９３５年の世代…エルナンデス ２）１９４５年の世代…オテロ ３）１９５５年の世代…＜社会詩＞の影響下に登場 （２）小説の世界、付バリョホ １）１９３５年の世代…センデール、アウブ、アヤラ、スンスネギ ２）１９４５年の世代…セラ、ラフォレット、デリベス、ヒロネリャ ３）１９５５年の世代…フェルロシオ、ゴイティソロ ４）１９６０年の世代…サントス １．第一世代ー９８年世代とモダニズムの活躍 ２０世紀に入り、スペイン文学はまさに＜第二の黄金世紀＞と呼ぶにふさわし いすばらしい開花をみる。この先頭をきって登場するのが。モダニズムと９８年 世代であった。１９世紀後半の写実主義、実利主義、ブルジョワ的道徳といった 傾向に真っ向から反対し、芸術的・形而上学的かつ倫理的価値に高い評価を与え た。カダルソ、ララ、精神主義を継承するもの。 （１）９８年世代 １８９８年のフィリピンでの米西戦争敗北体験により、愛国的心理主義鋭い個 人主義的精神、国民生活の改革への注意を喚起する。スペイン問題を取り上げ、 スペインの真の魂の発見に努力、そのため、風景・歴史・文学の３つを重視。人 々の地味で質実な精神を風景の中に見出し、日常生活の微細な出来事、すなわち ウナムーノのいう＜内的歴史＞に注目する。 悲劇主義的→西欧諸国との接触による文化維新の主張→自国の過去への郷愁的 回顧と変遷していく。文体は誇飾を廃し、素朴で生き生きとした表現力豊かなも の、個別的なものの見方を重視した。 １）９８年世代の先駆者 コスタ（ホアキン Costa,Joaquin 1846-1911） スペインの経済的社会的問題に取り組む。「自由教育学院」を創設して教育体 制の刷新をはかる。スペインのヨーロッパ化を唱えた再生主義者。『農業集産主 義』(1898）、『法律的、個人的、社会的行為論』(1880）。 ガニベー（アンヘル Ganivet,Angel 1865-1898 ガニベット） グラナダ生まれ。９８年世代の直接の先駆者。思想家。グラナダ大学哲学部・ 法学部卒。アントワープなどで領事。船から投身自殺（３３才）。 南欧的なモーロ文化の色彩に満ちた都市グラナダの農業地帯、しかも水車小屋 で人となったガニベーは、自然への回帰と理念の称揚とを中心思想とした。製粉 業の父は家業よりも絵を描くことに熱心であったが、１０才の時病死。好きな勉 強をしながら生活を安定させ、他の職業よりも多い余暇を利用して作品を書き、 名声と地位を得るには大学教授になればよいと、知人ウナムーノに未来像を託し ながらも、自らはエリートコースを優秀な成績で邁進しながら、教授試験に初め て失敗した。この時の合格者がウナムーノであった。 スペインの過去・現在・未来に対し、鋭い批判。未来への熱烈な信頼、かつ伝 統をも強く支持。スペイン気質の主要な構成要素として、個人主義の基盤のセネ カ的ストア哲学を上げる。『スペインの理念』はウナムーノ以外にはあまり噂に ならなかった。『スペインの未来』、『当代の哲学的スペイン』他、詩・小説。 『スペインの理念』（橋本一郎、西澤龍夫訳 新泉社 H.10.4.15） 「スペインの理念の構造を調べてみると、そこに見出される最も深遠な、また その基盤として役立っているような道徳的で、ある程度宗教的な要素はストア 主義である。・・・セネカの自然で人間的なストア主義である。」 「各国民の最も重要な哲学は、たとえ外国哲学の模造品にはるかに劣るもので あろうと、自分自身の哲学だからである。舶来品は次から次へと入れ替わりが ちなものであり、流行ものであるが、一方、自分のものは永続的で、そのうえ に建設されるべき土台、人為的なものが崩壊するとき、そのうえに建設しなけ ればならない土台である。」 「われわれにとって永遠な、唯一のものは大地で、その核は、「地域精神」の うちにある・・・。」 「近代的進歩はすべて不確かなものである。それは理念に基礎を置かず、動産 のための不動産の破壊の上に立っているからだ。」 「大冊は良かれ悪しかれ、たちまち図書館の死蔵物の仲間入りをする。小冊は 悪ければ、役に立たぬことがはっきりと分かるし、いっぺんにほうむられてし まう。良ければ、軽くて安いので日常の使用に適し、それが内包する理念の流 布にきわめて有効な提案ないし概説のようなものになる可能性がある。」 ２）９８年世代の人々 ウナムーノ（ミゲル・デ Unamuno,Miguel_de 1864-1936） 哲学者、文学者。ビルバオ生まれ。マドリード中央大学で哲学を学ぶ。サラマ ンカ大学ギリシア語及び文学教授。１９０１年同学長。自由主義的見解のため２ ４年にパリに亡命、３０年に帰国。スペイン革命時は人民戦線側に立ったが、や がてその残虐さ故に反対し、のちフランコに迎えられサラマンカ大学に復帰。原 因不明の死。バスク人であり、戦闘的な気質であった。 人生の本質的な問題を思索、哲学的苦悩。主要テーマは２つあり、キルケゴー ルの影響も加味して人間の個性についてと、魂の不滅性。当初、国民の伝統と対 立、西欧化を求め＜死せ！ドンキホーテ＞と唱えたが、後年は、科学的発展を二 次的なものと見なし、スペインの宗教的意味の深さを発見。理性と信仰の対立を 明確にし、西欧のスペイン化を主張。反合理主義的であり、＜スペインのキルケ ゴール＞ともいわれ、実存主義の先駆者の一人。しかし、ヘーゲルの弁証法の影 響もみられる。個人と社会の調和を理想とし、その調和は弁証法的なものとし、 また私と他者との弁証法的関係により接近している。全体主義的国家主義には反 対で、彼の個人主義は良き意味での人格主義であった。ただ、近代デモクラシー にはほど遠い一種の少数エリート主義に近いものだった。内面性の哲学、あるい は心情の哲学をも展開している。小説家でもあり、２０世紀最大の抒情詩人の一 人でもあった。戯曲は人間の問題を悲劇的に描く。 『生粋主義をめぐって』『スペイン的個人主義』『スペイン哲学について』 （佐々木孝他訳 ウナムーノ著作集１ 法政大学出版局 H.10.4.18-19） 「科学というものは決して純粋な形では与えられないものであり、幾何学、そ れよりも化学、いやそれ以上に哲学は、その内部に化学以前のもの、科学の下 にあるもの、科学の上にあるもの、そしてお好みとあらば実際に内ー科学的な もの(intra-cientifico)をも含んでおり、そしてこの何物かは国民という質料 によって染め上げられている。」 「体系や学派や学説が通り過ぎていくあいだにも、永遠の本質を有する永遠の 真理の沈殿物が形成されていく。」 「海の底そのもののような内ー歴史的な、沈殿し継続的な生こそ進歩の実体で あり、真の伝統、永遠の伝統なのだ。それは、一般に書物や紙切れ、遺跡や石 碑の中に押し込められた過去に求められるような偽りの伝統ではない。」 「法の変化を司る法はないものだろうか。」 「スペイン人がそうであると信じているスペイン人、外国人がそうだと信じて いるスペイン人、そして、あるがままのスペイン民族がある。」 「人格という概念はむしろ内容に関わり、個のそれは精神的容器に関わってい る。・・・個性とはむしろ外に対するわれわれの限界のことを言い、われわれ の有限性を示している。人格性とは主に内部に向かうわれわれの限界、否、む しろ無限界のこと言い、われわれの無限性を示す。」 「ある人たちを判断する際、彼らが読んだ同じ本を読んで、彼らを判断する。 ・・・己の意見を強め肯定するものだけに印を付ける者もいる。またその反対 に、己の意見と対立する者に印を付ける者がいる。」 「各民族は同じ科学からそれぞれ異なる哲学を取り出す。」 アソリン（＝ホセ・マルティネス・ルイス 1873-1967） 修辞学の大家。随筆家・思想家・文学者。アリカンテ生まれ。抒情的・観想的 でかつ印象派的技巧と柔らかな抒情性。事物の内奥に存在する精神的実体を示し 文体は簡潔・明瞭・正確である。清楚ながら流麗で透明感のある文体である。 思想は、ウナムーノ同様初期は伝統に攻撃的であったが、後年は自国の過去を 評価し現世のはかなさを嫌悪しながら絶対的不滅性を追求した。深遠で美しい風 景描写に優れ、またスペインの古典を個性的に解釈した。小説は『ある小哲学者 の告白』等物語的・自伝的なものが多い。戯曲は抽象的・神秘的な作品が多い。 鋭い現実感覚を詩的形式を通じて表現するという現代的散文の基礎を築いた。 ＜スペインのアナトール・フランス＞ともいわれる。 短編「モンテーニュの理想」「フワン・ペドロの子フワン」（永田寛定訳） バロハ（ピオ 1872-1956） 小説家。バスク人。医学を学ぶ。孤立的で気むずかしい精神で、誠実さを持っ ての辛辣な抗議。悲観主義的で批判的。作品はめまぐるしく展開する場面の連続 と錯綜とした筋の展開。冒険的で、無駄のない的確なタッチ。伝統に攻撃的であ った。 短編「バスコ族の人々」「鐘の奇跡」(永田寛定訳 近代短編小説集 新潮社) マエストウ（ラミロ・デ 1874-1936） ビイクトリア生まれ。キューバへ。帰国後革命を叫ぶグループに参加。当初の 思想は反伝統主義的。大使、ジャーナリスト。＜スペインのニーチェ＞と呼ばれ る。後期は伝統を評価した。＜スペイン運動＞を主宰、１９３６年に革命の犠牲 となる。作品は戦闘的である。ドイツの現象学や価値哲学を導入。『新しいスペ インをめざして』(99)…スペイン問題をニーチェ的闘争性をみなぎらせて追求。 作家というよりはジャーナリストに近く、その関心は主として政治に向けられて いた。初期はスペインの後進性を批判し、アソリン、バローハと共に＜３人グル ープ＞を創ってスペインのヨーロッパ化を主張していたが、１９０５年、新聞記 者としてロンドンに滞在したり、第一次大戦の開始とともに英・仏・伊を訪れた りするうちに保守派に転じ、リベラ軍事独裁を支持し、アソリン、バローハと決 別した。更に、ウナムーナを攻撃し、右翼団体＜スペイン行動派＞を結成、９８ 年代とは異質の傾向を辿っていった。
マチャド（アントニオ 弟 Machado,Antonio 1875-1939） セビリア生まれ。マドリード大学卒。パリへ。ダリオと会いモダニズムの影響 を受ける。同時に９８年代に接近。マドリードで高校教師。再びパリへ、ベルグ ソンの講義を聴く。生来哲学志向が強く、素朴で孤独な生活、真摯であった。や がてモダニズム手法を好まず、流派も作らず、伝統的民衆の世界・人間的感動、 その永遠化。風景描写を重んじ、深い失望感と光と純粋さへの憧れ、内省的。 祖父は大学総長を勤めた著名な生物学者、父は弁護士の傍ら民間伝承を研究し て優れた業績を残したスペイン民族学の草分けであった。兄マヌエルとともに進 歩的な教育を標榜して多くの人材を集めた「自由学院」に通う。パリでは書店に 勤務して生活の資を得ながら詩作に精進。ダリオの前にワイルドを識る。１９２ １年に妻を病気で失い、悲嘆の余り自殺を想ったが、同年に出版した『カスティ ーリャの野』の成功がかろうじて彼を思い止まらせた。彼の哲学・文学上の思索 を連ねた散文集『フアン・マイレナ』は重要。内線に際しては共和政府に味方し て盛んに論陣を張ったが、南仏の亡命先で没する。 「現代詩集W 世界詩人全集23」 から 鼓直訳 新潮社） （１）の補ー９８年代の外にあった同世代たち サマコイス（エドワルド 1878-） 小説家・短編作家・ジャーナリスト。幼少時代をブリュッセル、パリで過ごし た。出版社に勤務。中南米諸国に暮らす。各地で各々の主要な新聞に寄稿。フラ ンスから芸術的エロティスムを小説の世界に持ち込み、スペインに一つのスクー ルを創設した。従来の低俗な官能小説を文学的価値あるものに高めた。性の抑圧 などブルジョワ的価値観に対立し、独立心と自由への憧れに根ざすボヘミアン的 価値観の重視。最大の業績は１９０７年に週刊短編集を創設したことと言われて いる。これにより、無名作家の登竜門のみならず短編小説の隆盛となっていく。 「その夜」（柳川美智子訳 『イワシの埋葬（スペイン短編選集）』 彩流社） サラベリア（ホセ・マリア 1873-1940）９８年代の人々の対極にあり保守反動的。 （２）文学研究…９８年世代の傍ら ピダル（メネンデス 1869-1968） ラ・コルーニャ生まれ。マドリード大学卒。一生の師となる哲学者・歴史家で あるペラーヨの講義に心酔する。スペイン的研究技法に西欧科学的厳密さを加味 する。マドリード大学教授。＜歴史学研究所＞を創設。言語アカデミー会長。批 評・研究分野における一つの学派の創設者。国際的な名声を得る。『シッドのス ペイン』(29) 、『スペイン語の起源』(26)、『歴史的文法』(04) パラシオス（ミゲル・アシン 1871-1944） スペイン回教徒文化と中世キリスト教文化の関係を究明。『神曲における回教 徒の終末論』(19)、『キリスト教化された回教』 コッシオ（マヌエル・バルトロメ 1858-1935） 自由主義思想。９８年代との結びつき。『エル・グレコ』(08)…グレコの再評 価の役割を果たす。 （３）モダニズム（近代主義） ダリオによってスペインに紹介され、９８年代の散文と時を同じくして展開。 ユーゴー的大胆奔放な空想力・高踏派的形式の尊重と異国趣味・象徴派的で暗示 的効果と音楽性＋ゴンゴラとケベッドの伝統。１５年間程の流行で終わったが、 影響は大きくスペイン詩を全面的に刷新することになった。 特色…ブルジョワ的に対し貴族的洗練さ、詩的で熱烈な美の礼賛、個人の内的 感情の表現、現実遊離的・異国趣味的、芸術のための芸術。 主題…主に二つ １）歴史的・伝説的回想 ２）個人の内的表現 文体…色彩性と音楽性。対応。フランス詩を模範とし、アメリカから導入。 １）モダニズムの詩人たち ルエダ（サルバドーレ 1857-1933） スペインにおけるモダニズムの予告的な詩人。マラガ生まれ。色彩と音楽性。 ダリオ（ルベン 1867-1916） モダニズムの旗手。ニカラグア生まれ。スペインで外交官、西欧・北米にも居 住。テーマは、感覚的美・官能的快楽的愛、色彩と絢爛たる装飾・造形的美。文 体は、色彩的・音楽的・新語が多い。スペイン精神を肯定し、楽観主義的。 マチャド（マヌエル 兄 1874-1947） 粋なアンダルシア風俗を詠い、色彩感が豊かで貴族的な洗練さがある。 バリェ＝インクラン（ラモン・マリア・デル 1869-1936） ガリシア生まれ。メキシコに滞在。奇抜な風貌をして毒舌家であった。作品が まさに作家の自叙伝となる様式を追求した。 初期…最もモダニズム的＋荘重なリズム、おぼろげで柔らかな色彩感。郷愁的回 想。三つのモダニズム詩集。小説はモダニズムの文体で、皮肉的官能的。 後期…散文中心。痛烈なユーモア・強烈な色彩、グロテスクで絵画的風刺をきか せる。テクニック＋抒情的＋怪奇趣味。 ２）詩劇ーモダニズムの影響が大きい モダニズムの大きな影響の下に生まれた者たち。歴史的で伝統的・外面的。 マルキナ（エドゥアルド 1879-1946） バルセロナ生まれ。伝統的で叙事詩的。効果主義、が後期は地味になる。 ビリャエスペサ（フランシスコ 1877-1936） アルメリア生まれ。歴史的で華麗。 （４）演劇 １９世紀末のモダニズムの影響外で活躍。エチュガライの新ロマン主義に対抗 し、ヘネロ・チコの風俗写実主義に文学的高みを持たせることに成功した。 １）ベナベンテ派 ベナベンテ（ハシント 1866-1954） 上流喜劇の流れの上の刷新。控えめで優雅、巧みなテクニック、知的風刺。貴 族とブルジョワを批判。浮薄さと物質主義の偽善さを非難。懐疑主義、理想主義 的。１９２２年にノーベル賞。スペイン演劇を刷新。舞台効果の多様性、芝居的 なおもしろさ、遊び的要素。９８年代の一人でもある。ベナベンテ派の始祖。 リバス（マヌエエル・リナレス 1867-1938） ベナベンテをそのまま受け継ぐ。活力があり、性格描写に優れる。 シエラ（グレゴリオ・マルティネス 1881-1948） 感傷的で優しい情愛。 ２）小演劇（ヘネロ・チコ）の系譜 キンテロ兄弟（セラフィンとホアキン・アルバレス 1871-1938 1873-1944） アンダルシアアの風俗写生の２０世紀最大の作家。より民衆的なサイネテの継 承者。愉快な雰囲気、楽観主義的、好意的、健康的な喜び。サイネテ＋喜劇。 アルニチェス（カルロス 1866-1943） １９世紀のヘネロ・チカから出発。初期は特にサルスエラとサイネテ風。後年 は、劇的で戯画的な＜怪奇悲劇＞となる。 セカ（ペドロ・ムニョス 1881-1958） 喜劇的・茶番的。モダニズムへの風刺もある。 ３）革新者 グラウ（ハント 1877-1958） 野心的試み、詩劇的。古いテーマに新しい生命を吹き込む。詩劇よりもはるか に優れた作品を生み出していく。 ２．第２世代ー小説の隆盛 １９１４年の第一次大戦直前に出現した新しい世代のグループ。９８年代とモ ダニズムに出発点を置くが、より冷静で知的、西洋的姿勢を好む。詩はより純粋 で内密的、より高度な具体性。国の文化的水準の上昇に決定的な影響を与えた。 ９８年代がどちらかといえば情緒的傾向を示したのに反し、理性的態度をとる。 （１）哲学思想 オルテガ（ホセ・オルテガ・イ・ガセット Ortega,Jose__y_Gasset 1883-1955） マドリッド生まれ。父は著名な新聞記者。ビルバオ市のデウスト大学で哲学と 法学を学ぶ。ウナムノと交友。マドリッド大学で哲学専攻。ドイツに留学、ライ プツィヒ大学でヴントに、マールブルク大学でコーエンに、ベルリン大学でジン メルに強い影響を受ける。特に新カント派の哲学を学び多くの政治論文を誌紙に 寄せた。１９１０年にマドリッド大学の正教授となり、結婚もし幸福な年であっ た。第一次大戦直前に、マチャードらと「スペイン政治教育連盟」を創設。発会 式で若い知識人に感銘を与え、これは王制の崩壊にも繋がる大きな事件だったと 言われる。父とブエノスアイレスに旅し、約半年同市で哲学を講じる。１９２３ 年に、「レビスタ・デ・オクシデンテ」誌を創刊、以後１２年間哲学・科学・文 学など最新のテーマをスペイン語文化圏に伝えた。その水準はフランスの「Ｎ・ Ｒ・Ｆ」、イギリスの「クライティリオン」、ドイツの「ディ・ノイエ・ルント シャフ」に匹敵するものであった。大学紛争のためプリモ・デ・リベラ将軍によ るファシスト政権である政府の介入に抗議して辞表を提出、がのちに復帰。１９ ３０年プリモ・デ・リベラ政権が倒れると、マラニョン、ペレス・デ・アラヤら と「共和国奉仕集団」を結成。３１年、共和革命が起こり憲法制定議会が作られ 代議士となったが、議会を批判する論文によって辞任することになる。３６年に スペイン戦争が勃発すると、妻子とともにスペインを逃れ、９年間、フランス、 オランダ、アルゼンチン、ポルトガルにあって発言し続ける。ディルタイの影響 が強まる。合衆国、イギリス、ドイツを旅し、最後に北スペインを旅行した。 ニーチェ、ゴビノーの影響もあり、生の哲学をも展開。また『危機の系譜』は 実存主義であり、『傍観者』(16-34)は、実社会の多岐の問題を鋭く批判。『無脊 髄のスペイン』(21)・『大衆の反逆』(30)は、貴族的な選民思想と俗人的なもの の嫌悪、階級主義的原理を追求し、存在の本質は１９世紀の合理主義の主張する ＜自己＞の中にあるのではなく、自己と自己をとりまく＜環境＞の関係の中、す なわち現実生活の中に存するとするー＜生理性＞。『現代の課題』(23)は、＜透 視主義＞…根底において各思想の相違は、単にそれぞれの思想が立脚している視 点の相違に他ならない。『芸術の非人間化』(25)は、現実逃避・感情の放棄・少 数精鋭主義・遊びとしての芸術の問題を扱う。『ドンキホーテに関する省察』、 『小説論考』、『文学の精神』。 文体は、明晰さと流麗さ、的を得た数多くの隠喩、言葉遣いの優雅さと端正さ。 スペイン最高の文章家の一人。スペイン思想の根本的な刷新を成し遂げた哲学者。 『大衆の反逆』（文庫本で読んでいるが、探せない。「世界の名著」をも参考） 『危機の系譜』（Esquma_e_la_cricis_y_otros_ensayos）[1942] （荒木優子訳 理想社 実存主義叢書18 無職時） モレンテ（マヌエル ガルシア 1886-1942） 新カント派の哲学者。オルテガの友人。 ドルス（エウヘニオ 1882-1954） 哲人・作家・ジャーナリスト。カタルーニャ生まれ。２０世紀西欧文化の本質 的潮流の普及。明晰さと調和、普遍性。（代表作の『バロック論』の邦訳が昨今 出版され、読みたいと想っている本。後期の『プラド美術の一週間』や『セザン ヌ』なんぞも翻訳がでないものかな、既に出版されているのかしら？） マラニョン（グレゴリオ 1887-196） 医学者・評論家・随筆家。進歩を確信し自由主義的で楽観的だが、権利の主張 を戒める。 カストロ（アメリカ 1885-1971） 言語学者・歴史家・文献学者。長く中南米、晩年は米・独にも滞在。メネンデ ス・ピダルの周辺に集まり、＜スペイン言語文学誌＞のグループの重要人物の一 人。スペイン中世世界の鋭い情熱的な分析。『セルバンテスの思想』など。 マダリアーガ（サルバドーレ・デ 1886-） 作家・歴史家・評論家。多面的な活動を行い、スペインの国民性とヨーロッパ のそれを対比。コロンブス、ボリバル等の伝記風な歴史書も多い。 （２）小説 １）１９世紀の写実主義的手法を踏襲した作家たち レオン（リカルド 1877-1943） アンダルシアを背景に。純粋でアカデミック。熱烈な伝統主義者、しかし時に モダニズム的。 エスピナ（コンチャ 1877-1955） 個性的で、メリハリのきいた文体。悲観主義的。農村の風俗を力強く描く。 ２）美文的傾向の反写実主義の作家たち アヤラ（ラモン・ペレス・デ 1881-1962） 知的で寛容に富み、ユーモアのセンスがある。巧みな心理描写。教化的意図も みられる。詩集はいずれもモダニズムから出発。小説は、初期はボヘミアン的で 風俗写生主義的レアリズムに近く、後期は、象徴的・抽象的・知的で、人間的な 深い真理を内蔵している。文体は、語彙が豊富で上品でアカデミック、穿った奇 知主義的技巧もみられる。２０世紀第一級の地位を占めている作家である。 「ドン・クリストバールの復習」 （徳永瑞夫訳 世界短編名作選 スペイン編 新日本出版社） ミロー（ガブリエル 1879-1930） アリカンテ生まれ。叙述的。光と色彩＋香り。風景の並列（特にアリカンテ地 方の）。感情を事物に移入。深い苦悩に満ちた憂愁感。文体は純粋・清澄・丹念 で、ゆったりとして緩慢さがある。ペレス・デ・アヤラとは対照的で、心理描写 が無く、風俗描写の克明な叙述が特色。 フロレス（ベンセスラオ・フェルナンデス 1879-1964） ガリシア生まれ。ジャーナリスト・小説家。懐疑主義的ユーモア。 ゴメス・デ・ラ・セルナ（（ラモン 単にラモン 1888-1963） 最も前衛主義的。芸術を純粋な遊びとしてとらえる。直感が理性を上まわる。 まとまりのない主観的要素。＜グレゲリア＞という新しいジャンルを生み出す。 それは、ユーモア、遊び、ウィット、実在しそうもない人物とエピソード等によ る、ウィットに富んだ連想ゲームという新しいものであった。９８年代の重苦し いトーンとうって変わって、陽気で軽妙なトーンによって内面の苦渋をおし隠し 詩的ヴィジョンを導入したものであった。ペレス・デ・アヤラと同様、内乱後は 亡命生活の道を選び、アルゼンチンが終息の地となった。彼の感受性はケベード やローペのような激しい思いつきの奔放な地筋に繋がっており、スペインで永続 的で極めて特異な成功をもたらしたカフェー文学の最後の代表者とも言われる。 「窓のない家」（柳川美智子訳 『イワシの埋葬(スペイン短篇選集)』彩流社）
３．第三世代ー詩人の隆盛 第二世代の詩はモダニズムと新しい詩との過度期であったが、過度期は１９１ ５年前後であった。第三世代は後期モダニズムからヒメネスの影響下に新しい詩 が隆盛をみることになる。いわゆる＜１９２７年代＞の詩人たちである。
（１）過度期的詩人たち １）後期モダニズムの詩人たち モラレス（トマス）…大西洋を歌う。
（２）新しい詩をめざす詩人たち バステラ（ラモン・デ）…激しい調子。 ビリャ（モレノ）…重苦しいユーモア。 フェリペ（レオン）…道徳的理想主義。 バカリッセ（マウリシオ）…苦悩に満ちている。 ヒメネス（ファン・ラモン Jimenez,Juan_Ramon 1881-1958） アンダルシア地方の町モゲール生まれ。裕福な葡萄酒承認の家に生まれる。セ ビリア大学で法律を専攻、もっぱら画を描くことに、また後には詩作に関心を注 いで、ついには学業を廃した。モダニズムの若い詩人たちのすすめでマドリッド に出て、ダリオに会い、モダニズムの風潮を吸い込む。父の死に直面しノイロー ゼとなり、療養生活を送る。やがて帰郷し、山野を歩き、絵を描き詩作し読書す る。マドリッドに出て、「純粋詩」をめざす。音楽的階和と色彩的豊饒とのうち に甘美な哀愁を歌い上げてきたモダニズム的な詩想から、一切の外面的なものを 捨て、簡潔正確な表現によってひたむきに存在の本質に至ろうとした。「２７年 代」の若い詩人たちと接触し、妻セノビアとともにタゴールの翻訳を完成する。 ＜ラモン・スクールの師＞と仰がれ、門下にアルベッティ、サリーナス、ギリエ ンその他優れた詩人がおり、ロルカもヒメネスを敬愛した。各種の文学誌を主宰。 内戦が始まるとアメリカに逃れ、しばらく各地で講演と教鞭をとってから、やが てプエルトルコに居を定めた。５６年にノーベル文学賞、その発表の数日後セノ ビアを失い、絶望の余り以後詩作から遠ざかり、５８年に異郷の地で亡くなった。 初期…モダニズムの作風、１９１７年まで 第一段階ー柔らかな音楽性、おぼろげな色彩、郷愁的な感情、繊細で内密的 ８音節やロマンセの採用、『哀調のアリア』、『遠い庭』 第二段階ー情熱的で重苦しい感覚、長音節の新しいリズムと華麗な色調 この期に散文『プラテーロと私』（ＣＤを所持） 後期…難解な詩へ、より高度で知的、地味で裸な表現、内的世界を詩う 『新婚詩人の日記』『永遠』『石と空』『すべての季節』『内奥の獣』 『ヒメネス詩集』（伊藤武好・百合子訳 弥生書房 世界の詩57） （モディリアーニ、シューマン、そしてヒメネス、どこか共通するものを感 じるが、夫婦愛が根底にあるのだろうか。この詩集の訳者たちもご夫婦な のであろう。一方、私達のような凡人は、妻は詩わない、私は詩えない、 こんな夫婦はどうすればよいのだろう。偉大な作家や詩人たちの多くは私 達凡人のために、特にここスペインでは偉大なロルカとともにヒメネスも 知的にも経済的にも虐げられた貧しい人々を愛し詩ってきたのではなかっ たか。私達労働者あるいはサラリーマンは、少なくとも日々見えぬ規約に 虐げられ家族の団欒の時間を搾取されている心身ともに貧しい人間なのだ。 だからこそ、私達には少なくとも詩を読む資格があるのではなかろうか。 この観点からは、内容を問う哲学詩と同様、必ずしも原書である必要はな いように思うのだが。） ３）ウルトライズムの詩人たち １９２０年頃、形式とテーマの革新を唱えた審美的傾向（西欧のキュービズム 、ダダイズム等に呼応したもの）。モダニズム的な装飾や挿活的・音楽的・情緒 的な要素を排し、イメージ・隠喩の使用・語彙の選択によって純粋・精緻な詩を 求めた。またテーマは現代社会の力強い躍動的なものを求めた。しかし、１９１ ９−２３年が中心で、後年の新しい詩の胎動を促す効果的な誘導因子の役割を果 たしたにすぎなかった。代表的な詩人はディエゴであった。 （２）第三世代の詩人たちー＜１９２７年代＞の詩人たち…＜９８年代の孫たち＞ 抒情性の分野で活躍。破壊主義的なウルトラニズムのあと、伝統的な流れに回 帰する傾向となり、ヒメネスを師と仰ぐ。しかし、ウルトライズムの、現実をメ タフォリニックに詩型化ことと、退廃的感傷主義に代わって若々しく楽観的な調 子をも吸収。当初、モダニズムの行き過ぎた感傷主義を嫌い、技巧の完成をめざ し、知的で冷たい調子になりすぎたが、１９２０年代末にシュールリアリスムを 導入し、意識下も表現。ドラマチック味も加え、人間的な世界へ回帰した。こう して１９３０年代は豊かな人間性を回復。＜１９２７年代＞というのは、彼らが ゴンゴラの３００回忌をとりおこなった年に因んでいる。この詩人たちを二つに 区分することもできる。 ロルカ、アルベルティ…民衆的要素に知的な審美性 サリナス、ギリェン …純粋詩 ディエゴ（ヘラルド 1896-） 初期…ウルトライズム、『泡沫の手引き書』 後期…宗教・闘牛など伝統的テーマをソネットにした。更に、美に対する鋭い 感受性でもって、純粋に審美的となる。 ロルカ（ガルシア Lorca,Federico_Garcia 1898-1936） グラナダ近郊生まれ。グラナダ大学で哲学・文法・法律を学ぶ。最初の著作は 散文スケッチ集『印象と風景』であった。マドリッドに出て、ヒメネス、ルイス ・ブニュエルらと知り合う。ダリの援助により素描展を開く。友人らと雑誌『雄 鶏(ガリヨ)』を創刊。パリ、ロンドン、オックスフォード、ニューヨークへ、そ してコロンビア大学に学ぶ。エドゥアルド・ウガルテと共に、大学生による移動 劇団「バルラカ」を創リ、カルデロン、ローペ・デ・ベガ、ティルソ・デ・モリ ーナらの古典劇をもってスペイン農村を回る。アルゼンチン、ウルグアイ、ブラ ジル等南米旅行。１９３６年に、モロッコにフランコ将軍派のクーデター勃発、 帰郷中のグラナダで、ファシストであるファランヘ党員に逮捕され、自身の墓穴 を掘らされ銃殺された。スペイン動乱の最初の犠牲者となった。 補足として、豊かな地主の長男として誕生。マドリッドの学生寮ではダリ、デ ィエゴ、ブニュエル(映画監督)らと交友。またファリャは友人であった。ロルカ 自身、幼いときからピアノやギターを巧みに弾き、自作曲も著名である。（小生 も輸入盤ながらＣＤを所持している。）「バルラカ」は万人のための演劇であり スペインの商業演劇に対する抗議であり、対照物であった。 シュールリアリズムも取り入れながら、スペイン古来の伝統的な形式ロマンセ を自在に用いて、そこに全く新しい感覚とイメージによって捉えられたアンダル シアを定着させるという魅力的な仕事をやり遂げた。例えば、『ニューヨークの 詩人』は、鉄とセメントの文明に接したナイーブなアンダルシア人の魂の哀切な 叫びであった。彼の詩と演劇の根底には、民衆の意識の底にあるものと強く結び ついている。暗喩やそれを形成するイメージがどんなに知的あるいは奔放なもの であろうと、実際の感覚的体験に基づいている。また詩の特長の一つに、死への 嗜好があり、彼の活動の重要な一面が演劇にあったことは強調されて良い。 『ロルカ詩集』（小海永二訳 飯塚書店 世界現代詩集X S.57.9.17） 『血の婚礼』（山田肇・天野二郎共訳 未来社刊 てすぴす双書49 H.5.9.30） アルベルティ（ラファエル Alberti,Rafael 1902-） カディス生まれ。民衆的テーマ。初期は、軽やかな気品、音楽性と柔らかなリ ズム。中期は、新ゴンゴラ主義的、ユーモアがある。後期は、シュールリアリズ ム時代、苦渋に満ちた無意識の世界を描く。概して、人間的な深い抒情性、皮肉 と凄絶さ、民衆的で知的、大胆な形式美、高度なテクニックが感じられる。 南部スペインのアンダルシア地方からマドリッドに出て画家を志したが、詩に 転じ、３０年頃から政治に関心を抱き、３６年の内乱では人民戦線の闘士として 活躍した。３９年にスペインを追放され、パリに逃れた後アルゼンチンに定住。 『現代詩集』（荒井正道訳 集英社 世界文学全集35から） サリナス（ペドロ 1902） 初期…愛のテーマ、市民戦争前で情熱的で率直。 後期…現代の深い不安感を反映、悲痛。芸術批評家でもある。 ギリェン（ホルヘ 1893-） 情熱と厳密さ。絶叫的、だが知的叫びであり情熱的である。万物の生命の輝き を詠う。純粋な抒情的感動を、簡潔、素朴さと明晰さ。唯一の詩集『詩集』。 セルヌグ（ルイス 1904-1963） セビリア生まれ。メキシコで死。情熱的、内的、真摯、深く率直、ロマン主義 的感情、抒情的深み、柔らかな哀愁、苦悩。 アロンソ（ダマソ 1898-） 無能な自分への怒りの爆発。隣人に寄せる愛と深い憐憫。神への到達。文学研 究もあり、精密な科学性と詩人としての美的直感。言語アカデミーに属し、マド リッド大学教授。 アレイクサンドル（ビセンテ 1900-） セビリア生まれ。初期は、奔放・情熱的、シュールリアルズム的、後期は、悲 観主義的な汎神論、宇宙の力と融合、静かでメランコリックな郷愁感、無垢の美 、独創的色合い、ロマン主義的で躍動的、美しい詩的言語。１９４０−５０年ま で、ヒメネスが第三世代に課した役割を果たすことになった。 （３）第三世代の小説ー各々孤立的、及び同世代の哲学思想 ベルガミン（ホセ 1894-） 随筆で特に活躍。複雑で逆説的。ややウナムノの苦悶に近いカトリック思想。 カバリエロ（ヒメネス 1899-） 一連のエッセイや詩。スペインに前衛主義の導入に努力。その後、自国の帝国 的・カトリック的伝統を擁護する。 ハルネス（ベンハミン 1888-1950） 伝記と物語、。練られた文体、隠喩、皮肉な言葉遊び。 スビリ（ハビエル 1898-） 哲学者・神学者。現象学派。後世の散文に影響を与える。 ガオス（ホセ １９００−） 哲学者。オルテガの高弟の一人。メキシコに定住。 モンテス（エウヘニオ 1897-） 哲学教授。作家、ジャーナリスト。優れた随筆。エウヘニオ・ドルスの影響。 （４）第三世代の演劇ー代表者はロルカ ペマン（ホセ・マリア 1898-）ーマルキナ風な詩劇。伝統主義的。 カソナ（アレハンド 1903-65）ー散文の多作。現実と幻想の葛藤。詩的で技巧的。 ４．市民戦争後の文学 市民戦争後、当初は１９３６年以前の諸傾向を継承するのみであったが、間も なく新しい進路ととることになる。その発展段階は四つに要約できる。 １）文学の胎動期…市民戦争後の数年間、詩は冷たい形式主義によって占められ 小説の分野ではおびただしい数の翻訳が相次ぎ、演劇作品も凡庸をでなかった。 ２）１９４５年以降…精神的な回復に加えて、苦渋に満ちた感情が主流を占めて いた当時のヨーロッパ文学の影響が重なって、個人の存在というドラマチックな 世界を描く。前時代の純芸術的な姿勢は放棄された。危機の時代であり、実存主 義思想が代表する。 ３）１９５０年以降…文学の関心は個人的な問題を離れ、集団的性格を持つ卑近 な現実問題へと移行する。現状不満的な立場から、底辺に位置する人々の生活状 況を描く写実主義的な客観性を強調する傾向。 ４）１９６５年以降…経済的な復興に加え、外国の芸術・思想的な流れとの接触 がますます深まる。より広範なテーマと多様な姿勢および表現方法をもった豊か な作品を生み出す。 以上の一般的特徴を文学の世代グループによる変革として分類すると、 １）１９３５年の世代…１９３５年頃、市民戦争直前に登場し１９４０年代に成 熟期を迎えた世代。平静な落ち着きのある態度。 ２）１９４５年の世代…１９４５年頃、当時の激しい精神的危機のもとに生まれ １９５０年代を通じて写実主義を指向し、集団的運命への関心を描く世代。暗い 不安感とその後の未来への期待に支えられた激しい抗議の姿勢。 ３）１９６５年の世代…１９６５年頃登場し、厳密な写実主義的手法と社会告発 的なテーマを乗り越え、芸術主義的な新しい方向をめざす世代。純文学的復帰。 （１）詩の世界 １）１９３５年の世代 愛・家族・宗教などの伝統的テーマを拡大し、表現の簡潔さと均整のとれた態 度を特徴とする詩人グループ。年々精神主義的な傾向を深めていき個人の内的世 界を写実的に描く方向に転換していく。特に叙情詩の分野で目立った活躍をする。 エルナンデス（ミゲル Herandez,Miguel 1910-42） グループではやや孤立的であるが、このグループの重要な位置を占める。農民 出身。愛の感情が華麗で情熱的な表現法。獄中で生涯を閉じる。素朴さと悲哀。 ロサレス（ルイス Rosales,Ruis 1910-）…家族的な愛の世界を感動を込めて回想。 ビバンコ（ルイス・フィリペ Vivanco,Ruis_Feripe 1907-）…重厚かつ地味。事物。 パネロ（レオポルド Panero,Leopoldo 1909-62）…自伝的。繊細で柔らかい響き。 ２）１９４５年の世代 １９３５年の世代の一方で、市民戦争後間もなく、新しい叙情詩をめざすグル ープが生まれたが、彼らの詩はガルシラソを模範としながらも古典主義的で冷や やかな形式主義の域をでるものではなかった。この世代の対する反動が、１９４ ５年の世代であり、それは敏速であった。アロンソとアレイクサンドレの影響に ヨーロッパの実存主義思想の波に影響され、強烈な方向転換を迫られた。前の世 代の慎み深い調子や、人生に対しての信頼を寄せる態度とは全く対照的に、形而 上学的な生の不安や苦悩を前面に押し出し強烈な表現を求めた詩が誕生した。新 ロマン主義的な傾向をも持つ。 しかし、この世代の多くは、１９５０年代に入ると、個人の次元における人間 世界を赤裸々に表現することから集団の存在の問題や社会の不安、具体的な歴史 環境の中における日常生活の厳しい現実に目を向けていった。直接な言葉で大衆 の広範な注目をも重要視した。 オテロ（ブラス・デ Otero,Blas_de 19160）…初期は鋭い虚無感と固い緊張感にあ ふれた言葉、後期は精神的な救いを人間の連帯の中に強く求めた。 バルベルテ（ホセ・マリア Valverde.Jose_Maria 1926-）…高貴な生、抒情性。 イエロ（ホセ Hierro,Jose 1922-）…戦後叙情詩の中では高い位置を占める詩人。 透明な文体、永遠の流転の中にある万物との交感、悲歌ながら明るい響き。 セラヤ（ガブリエル Celaya,Gabriel 1911-）…エネルギッシュで情熱的な気性。 詩を「社会を変革させるための道具」として用いる。卑近な日常生活の中にある 価値をおおらかに肯定し、広く社会に関心を示す姿勢。 ３）１９５５年の世代 １９５５年頃＜社会詩＞の影響の下に登場し、後１９６０年頃大きな変革をと げる詩人グループ。鋭い倫理観に裏打ちされ、豊かな文体を持ち、人間の深い内 的世界の探究をおこなった。 バレンテ（ホセ・アンヘル Valente,Jose_Angel ） ゴンサレス（アンヘル Gonzalez,Angel ） バラル（カルロス Barral,Carlos ） ビエドマ（ヒル・デ Biedma,Gil_de ）
（２）小説の世界 市民戦争後の特徴の一つは大幅な小説の発展であった。前世代の純芸術的な遊 びを離れ、現実の人間生活にもっぱら関心を寄せた。テーマは多様となったが、 主に市民戦争と現代スペイン人の生活の二つであった。以下のように三つの世代 グループに分類できる。 １）戦争終結以前から創作活動を開始していた作家グループ。 ２）１９４５年頃。初めて文壇に登場する作家グループ。 ３）１９５５年頃、社会問題に大きな関心を寄せ、後に１９６０年代に入ると新 しい小説スタイルの完成をめざす作家グループ。 １）１９３５年の世代 第二共和制から市民戦争に至る数年間に名乗りを上げ、戦争終結直後に円熟期 を迎えた。写実主義の傾向が一段と強まり、亡命作家も多かった。 センデール（ラモン Sender,Ramon 1902-82） 現代スペインの最高の小説家の一人。何度かノーベル賞候補に推奨された。ア ラゴン地方生まれ。ピレネー山脈の高原地帯に育つ。マドリッドに出て少年時代 から好きだった文筆を生かして自活しながら新聞・雑誌に短編を掲載される。が 郷土に帰り新聞社で編集者兼記者の仕事をする。２１才の時兵役にとられモロッ コ戦争にかりだされた。２４年にマドリッドの重要な新聞「エル・ソル」の記者 となる。１０代からの傾向であったアナーキスト的思想を強め、多くの活動家た ちと交わる。一労働組合の機関誌「労働者の連帯」に盛んに寄稿、リベラ独裁時 に筆禍事件のため一時獄舎につながれた。３１年に共和制になるも、そのいまだ 保守的な点を批判。３６年から３年続いた市民戦争では共和政府側に着き軍人と して戦う。が彼自身は一度もピストルを発射しなかった。３８年にパリに亡命。 次いでメキシコへ、そして合衆国に定住。ニュー・メキシコ大学、カリフォルニ ア大学などでスペイン文学を講じ、かたわら不断に執筆を続ける。 小説の構成と文体は多様でありかつ独創的。冷静な批判精神があり、魔術的幻 想性や哲学的なものがある。生々しい現実と詩的幻想、意表を突いたユーモアと 抒情性、巧みな話術。 『スペインのある農夫へのレクイエム』(Requiem_por_un_campesino_Espanol） （浜田滋郎訳 西和書林 西和リブロス３ H.9.1.11） バレア（アルトゥロ Barea,Arturo 1897-1958）…歴史背景に自伝的、直截な筆致 アウブ（マックス Aub,Max 1903-72） 小説、戯曲、評論を手がけたが、目立った創作活動を開始したのは亡命後であ った。内乱の物語は連作の別称で知られている。劇的な要素とユーモアが巧みに 融合。メキシコで客死。 「名もなき１月」（杉山晃訳 世界短篇名作選 スペイン編 新日本出版社） アヤラ（フランシスコ Ayala,Francisco 1906-）戯画的ユーモアのある政治風刺 スンスネギ（フアン・アントニオ Zunzunegui,Juan_Antonio 1901-82） バスク地方の中心都市ビルバオの鉱山所有者の家に生まれる。マドリド、サラ マンカの大学に学ぶ。サラマンカではウナムーノの知遇を得る。更にイタリア、 フランスに遊びそこの大学でそれぞれの国の文学の造詣を深める。帰国後一時家 業についたりしたが、３０歳で小説に打ち込む。ほんの一時メキシコに難を逃れ たもののフランコ体制下に留まり、その代表作家となり国民的作家となった。 市民戦争後もスペインに留まった小説家を代表。風俗写生主義。悲観主義的。 ２）１９４５年の世代 市民戦争後から１９４５年まで新しい小説が発表されることはほとんどなかっ たが、１９４５年頃になると数々の小説家が輩出。人間が持つ問題点に真摯な態 度で接近し、平静さを装う因習主義を排除し、現実社会の諸相を赤裸々に描く。 しかし、時代特有の心理的緊張感を反映して、強い主観主義的な色合いを与える 結果となった。場合によっては痛烈な風刺や陰鬱な悲観主義になり、ついには現 実を歪曲し凄絶さを強調した＜トレメンディズモ＞にまで発展していく。＜トレ メンディズモ＞は、セラの『パスクアール・ドゥアルテの家族』(42)、ラフォレ ットの『無』(44)が代表的で、直訳すれば＜凄絶主義＞であり、一口で言えば実 存主義的側面を持ったリアリズム文学で、新しいジャンルの小説として文壇に論 争を惹起し、それ以降この種の作品が続々と登場し新しい時代が開始された。 セラ（カミロ・ホセ Cela,Camilo_Jose 1916-） 現代スペイン文学の第一人者。ガリシア生まれ。公務員、闘牛士、政治家、テ レビとラジオの仕事、辞書の編纂を含む文献学的な仕事等。８９年にノーベル文 学賞。どぎついユーモアと卑近な現実、あらゆる手法を自由自在に駆使、辛辣で しかも不遜な精神。スペインを深く旅し、書斎派の作家ではなく行動する＜歩く そして見る＞作家であった。 『ラ・アルカリアへの旅』(Viaje_a_la_Alcarria）[1960] （有本紀明訳 講談社 H.10.4.27） オルテガの高弟マラニョンに捧げられている。哲学者ヒネール・デ・ロス・ リオスの理念によって１９世紀に創設され、１９３６年に消滅するまで、スペ インの社会に多大の影響を及ぼした「自由教育学院」、因習的な国家や宗教の くびきを解き、情操教育特に自然との接触と共生を通じ根源的なものに回帰し 新しい人間を創造しようとするものであったが、学生たちはしばしばカスティ アに旅行し、オルテガはこの系譜に属し、オルテガの風景論は環境が一人一人 の人間の存在に融合するという、両者の不可分の関係を説くものであり、セラ もこの点オルテガの影響下にある。ただ９８年代の風景観が哲学的・知性的な のに対し、セラは地理的で小説的であった。 １）セラの同世代 ラフォレット（カルメン Laforet,Carmen 1921-）…女流作家。不満と迫真力。 サルトルの『存在と無』にヒントを得たといわれる『無』によって第一回ナダ ール賞受賞。その後のスペイン小説の新しい方向を示唆した。内乱後のブルジョ ワの物質的精神的退廃を告発した。 デリベス（ミゲル Delibes,Miguel 1920-）…抒情性と心暖まる感動、荒々しさ。 ヒロネーリャと対照的で、自由主義的で戦闘的なカトリック作家。またヒロネー リャのような大衆受けのする作品を書かないで、一定の原則を堅持して着実な執 筆を続けた。 マトゥテ（アナ・マリア Matute,Ana_Maria 1926-）…現実と幻想の融合、詩情。 ラフォレットと比肩される女流作家。細かな心理描写、ノスタルジアを綴った。 ヒロネリャ（ホセ・マリア Gironella,Jose_Maria）…市民戦争を主に描く。 アグスティ（イグナシオ Agusti,Ignacio)…１９世紀のバルセロナを回想。一見、 内乱の客観的叙述の形式をとりながら、フランコ側に立つ。 バリュステール（トレンテ Ballester,Gonzalo_Torrente） ２）１９５０年代に登場 フェルナンデス・デ・ラ・レゲラ（Feernandez_de_la_Reguera） トマス・サルバドール（Tomas_Salvador） ルイス・ロメロ（Luis_Romero） エレナ・キロガ（Elena_Quiroga）…女流作家 ドロレス・メディオ（Dolores_Medio）…女流作家 ３）１９５５年の世代 １９５０年の中頃スペイン小説の転換期となる。客観性を強調する方向がと られ、写実主義的な技法が強化された。小説は社会的・道徳的な目的に供され 集団的なものへの関心と日常的な言葉を用いた地味な文体を用いた。 フェエルロシオ（ラファエル・サンチェス Felosio,Rafael_Sanchez 1927-） ５６年に『ハラマ川』がナダル賞を授与され、その冷静な客観性と深い真実 性は未だかつて実現されなかったものであった。あらゆる文飾を故意に取り除 いた文体。労働者たちを強い迫真力を持って描く。転換期の象徴的な作品であ った。 アルデコア（イグナシオ Aldecoa,Igunacio 1925-69）…写実と詩的魅力の融合 サントス（ヘスス・フェルナンデス Santos,Jwsus_Fernandez 1926-）…現実的 ゴイティソロ（フアン Goytisolo,Juan 1931-） カタルニアの都バルセロナに生まれる。７歳の時に母親がムッソリーニのイ タリア空軍によるバルセロナ市内爆撃で死亡。外交官をめざして法律を学ぶが ５３年から小説を発表し始める。５６年に兵役を終えてパリに移り住む。市民 戦争以後国際的に認知された最初の＜戦後派＞作家として、フランコ治下のス ペインの政治文化状況について活発に発言するポレミックな存在となった。初 期の作品はかなり＜社会派＞的な色の強いものだったが、６３年から自己否定 と孤立の時期に入り、ソ連や北アフリカ各地への旅に暮らし、合衆国とカナダ の大学で客員教授も務めた。この間、実験的、難解とされる小説を書き出す。 現在はパリとマラケシュの間を往復する暮らしだという。 空想力に富んだ詩情あふれる世界、不毛の地に住む人々の悲惨な生活ぶりを なまなましく描く。 『戦いの後の光景』（Paisajes_despues_de_la_Batalla） （旦敬介訳 みすず書房 H.10.5.12） ４）１９６０年代の小説 それまでの写実的な小説に見られた社会告発や会話的で直接的な文体は影を ひそめ、より洗練された文学表現と新しい小説世界の創造をめざした作品が数 多く発表される。前時代の実証的な傾向に対し、より深く多様なアプローチが 試みられる。独創的な文体、革新的なテクニック、ペシミックな現実を描く。 サントス（ルイス・マルティン Santos,Luis_Martin）…６４年に事故死。 ベネット（フアン Benet,Juan） ５）カトリック作家 アルナウ（A.G.Arnau 1912-）…『にわとりの歌』 ラフォレット（カルメン Laforet,Carmen 1921-）…『あたらしい女』[1955] デスカルソ（マルティン Descalzo,Martin 1930-91）…『神の国境』[1956] ヒロネリア、シルバ、デスカルソ、ムニョス
（３）演劇 １）４０年代…盛り上がりがなく無気力の様相、詩的なコメデーに近い。 ヘスス・ロペス・ルビオ、ホアキン・カルボ・ソテロ、ミゲル・ミウラ、 ビクトル・ルイス・イリアルデ、 ２）５０年代…演劇の新しい世代の登場 個人、集団の両面から現代の人間が抱える問題をありのままに提起する。 バリェホ（アントニオ・ブエロ Vallejo,Antonio_Buero 1916-） 鮮やかなテクニックを駆使。芸術香りの高さ。現代人の生活のありのまま の姿を心理・社会・精神的側面から把握。真摯で荘重で厳しい調子。ドラマ チックでみごとな筋の構成。陰鬱な調子。精神的価値への信頼感。 アルフォンソ・サストレ、ラウロ・オルモ、ロドリゲス・メンデス、 カルロス・ムニス、アルフレド・マニャス
（４）随筆・思想 エントラルゴ（ペドロ・ライン Entralgo,Pedro_lain 1908-）…医学史教授 アラングレン（ホセ・ルイス Aranguren,Jose_Luis 1909-）…倫理学教授 マリアス（フリアン Marias,Julian 1914-）…オルテガの弟子 マラバル（フアン・アントニオ Maravall,Juan_Antonio 1911-）…歴史家
上掲の他に、一般的に参考にしている書物 『スペイン文学史』 ジャン・カン著 会田由訳 クセジュ文庫 『スペイン文学史』 ホセ・ガルシア・ロペス著 東谷・有本共訳 白水社 （S.57.10.18） 『スペイン１８９８の世代』 エントラルゴ著 森西他訳 れんが書房新社 『スペイン近代文学の系譜』 富永ひろし著 彩流社